明媚な笑顔

サブURL(このURLからもアクセスできます):http://kichijoji.areablog.jp/sdfsd

がら無数の原稿用紙

》き上げながら、「おれも、いよいよ大衆小説を本腰でやってみる」と、低い声で、宣言するように言った。そのころでもすでに柴田氏は中間小説作家と世間ではみなされていたはずだが、私たちの間では柴田氏は銀の握りのステッキをついて歩く一個の文学青年だった。それに私は柴田氏を、頭から無器用な小説を書く人ときめてかかっていたので、週刊誌に毎号、読切りの悪漢小説を書くなどといわれても、ひとごとながら聞いただけでもアブラ汗が流れるようで、それが大成功を博して何年間もつづくなどとは、まったく夢にも思わなかった。むしろ当の柴田氏が、自信ありげに、
「なアに、おれがやったら時代小説に新しい行き方をみせて、かならず湧《わ》かせてみせるよ」
 と言うのが何だか不思議で、アイヅチを打つにも力があんまり入らなかった。
「だいじょぶかな錬さん、また体でもこわさなきゃ、いいんだがな」など、ささやきながら、まだどこか焼跡の臭《にお》いのする、雑然とした家並の暗い小径《こみち》を、つたい歩いて帰った。
 それから半年間あまり、出吸盤みたいな作用を起し、その場に吸いついたまま、動けなくなってしまう。
 とはいえ私も、そのとき三十代のおわりを目近《まぢか》にひかえ、不惑の年に達しようとしていたのだから、自分がタコであることも自覚していたし、自制心も少しは働くようになって、よその家に根が生《は》えて動けなくなるようなことは、もはやあるまいと思っていた。それが間違いのモトだったかもしれない。二た月、毎日、休みなしに出掛けて厄介になったのは、さすがの私にも記録破りの居坐りようだった。何でそういうことになったのか? はじめは飯が魅力だと思っていた。柴田家には優秀なコックが住込みで雇われており、毎日、目先のかわったものが出る。朝のベーコン・エッグにコーヒーはともかく、昼はアユの塩焼にナメコ汁といったあっさりしたものなら、晩はコンソメ、小エビのコキール、シャトーブリアンのステーキという具合で、和食あり、中華料理あり、まことに多彩をきわめたそのメニューは、講談社の寮のオバさんのこしらえてくれるカツ丼《どん》とは無論比較にならず、軽井沢にあるホテルのグリル、レストランにも少しもひけをとらぬものと思われた。それも家庭の食堂の椅子に坐って食う気楽さは、絶対に他では得られぬものだ。
 しかし、それだけのことなら、いくら私が病的なズウズウしさを発揮したとしても、あんなにべんべんとは居坐れない。やはり家そのものの居心地がよかったのである。飯のあと、暖炉の前で薪《まき》をくべはじめると、「アア困ったことだ、こんなことをしていると、いまに身動き出来なくなるゾ」と思いながら、ついそのまま、出されたコニャックか何かを飲みはじめてしまう。そして心ならずも、それが毎日つづいてしまった。
 そんなことで二箇月、その間、二百枚は書くつもりだった原稿は、ついに十八枚で東京へ帰らざるを得なくなった。同じ時期に、その家で柴田氏はおそらく千八百枚は書いていたであろう。しかし柴田氏が机の上に据えつけられたモーターのようになって執筆するさまを想像したことは、私の誤りであった。私が暖炉の前に坐りこんでいると、柴田氏も十時ちかくまでソファーに体をのばして、まことに悠然《ゆうぜん》としている。しかも昼間は毎日、ゴルフに出掛けるのだから、あの大量の原稿がいつ書けるのかは、ナゾというより仕方がない。
 ところでナゾといえば、その軽井沢滞在中、私は柴田氏に関することで、もう一つ不思議なことをきいた。それは柴田氏の、あの労咳《ろうがい》めい


goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://kichijoji.areablog.jp/blog/1000104214/p11718754c.html
金融 | コメント( 0 ) | トラックバック( 0)
名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

■同じテーマの最新記事
彼女の月給の倍額
3月8日是壹個特殊的日子
入睡後發生肚子疼的經歷
<<新しい記事へ     以前の記事へ>>
このブログトップページへ
明媚な笑顔イメージ
明媚な笑顔
プロフィール
明媚な笑顔
前年  2018年 皆勤賞獲得月 翌年
前の年へ 2018年 次の年へ 前の月へ 6月 次の月へ
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
今日 合計
ビュー 1 852
コメント 0 0
お気に入り 0 0

カテゴリー一覧

QRコード [使い方]

このブログに携帯でアクセス!

>>URLをメールで送信<<

お気に入りリスト

足あと

[吉祥寺] 愛は秋が深まるに
[吉祥寺] 滿城春色宮牆柳
[吉祥寺] 一簾月色

最新のコメント

おすすめリンク

キーワード


外苑東クリニック
東京 人間ドック