明媚な笑顔

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で道に迷ったあ

うした見解は三一五年のラオディケアの教会会議で明瞭に規定され、聖職者は結婚などのおめでたい会合においても、芸人たちが到着する前に退席しなければならないとされた。これはさらに教皇ハドリアヌス一世(在位七七二〜七九五)の教会法令集にとり入れられて法制化され、のちの規制に大きな影響を与えることになった。
 カール大帝の七八九年の勅令においても、俳優は奴隷、異端者、異教徒、ユダヤ人らと同様に賤しいものとされ、同じ年に司教・修道院長などは猟犬、鷹、芸人を置いてはならないと定められている。このような規制はカール大帝の治世の末期には極めて精力的になされ、マインツ、ランス、トゥールなどの教会会議(いずれも八一三年)でも、アーヘン(八一六年)、パリ(八二九年)の会議でも禁制がくり返されている。
 しかしこうした禁令がくり返し出されていることからみて、逆にそれらがあまり実劾をもたなかったことが解る。実際この頃から教会の理論と現実とは乖離しはじめていた。芸人たちも高位聖職者の館で歓迎されるようになり、周知の通り音楽もミラーノ司教アンブロシウス(三三九頃〜三九七)や教皇グレゴリウス一世(五四〇頃〜六〇四)などのもとで、教会の礼拝にとり入れられるようになる。マインツ大司教で聖人に列せられたバルド(九八一〜一〇五一)は芸人の諧謔を楽しんだが、それは彼の言葉によれば、芸人の貧しさを神のために憐んだからだという。このようにして芸人は聖職者の耳目を楽しませるようになり、褒美として馬や武器、衣類などを得ていた。こうした禁令無視は極めて一般的に行なわれたらしく、ケルンの聖エンゲルベルト(司教在位一二一六〜一二二五)は身にまとった衣服を遺産として芸人にではなく聖職者たちに遺したことが、伝記作者によってことさら称讃されているほどである。
 修道院も例外ではなかった。メンケベルクが紹介しているエピソードによると、一三世紀前半にイギリスのオックスフォードの森で二人のフランシスコ会修道士がはげしい雨のなかで道に迷ったあげく、疲れ果ててベネディクト会修道院にたどりつき、なかへ入れて休ませて欲しいと門番にたのんだ。衣服が粗末で汚れていたために門番は二人を遍歴芸人と見間違え、院長にそう報告した。喜んだ院長ら修道士が皆集まっているところへ案内された二人の修道士は、芸人でないことが解ると、足蹴にされ拳骨の雨をあびせられたのち、直ちに追い出されてしまったという。

 差別する側の怯え[#「差別する側の怯え」はゴシック体]
 ところで修道院の門番ともあろう者が、たとえ雨に打たれ、汚れていたとはいえ、修道士を遍歴楽師と見間違えたということは、この時代の事情に明るくない者には理解に苦しむところである。しかし実際のところは門番が間違えたのも無理からぬ事情があった。
 というのは遍歴楽師にはこの頃に新しい要素が加わっていたからである。
 この時代の各地の修道院には、聖職者になるための勉学をつづけている修道士(学生)が多かったが、彼らはしばしば修道院を抜け出しては各地を放浪し、一種の社会問題となっていた。彼らの多くは歌を唱ったり、楽器を演奏したりして生活を立てていた。こうして遍歴芸人の群のなかに新たに放浪学生が加わったのである。修道院の学校にはしばしば聖歌隊養成のための機関が併設されていたから、歌を唱って生活することはこれらの学生にはさして困難ではなかった。特に一三世紀前半に設立されたソルボンヌ大学などからも、数多くの放浪学生(クレリキ・ヴァギ)がヨーロッパにあふれ、教会は彼らの「不行跡」を抑えようと様々な努力をしていた。
 教会が皇帝権力との激しい闘争ののち、一応の勝者として、新たに擡頭してきた国家の後楯を手に入れるや、ザルツブルク(一二九一、一三一〇)、パッサウ(一二八四)などの教会会議での決議を、国家権力を背景にして現実に施行しうるようになった。教会はこうして修道院を逃れて自由奔放な生活を送っている学生たちを取り締ろうとした。教会も国家も放浪学生を支配権力にとって危険な存在として、修道院に戻し、「正当な」学問をするように命じたのである。
 しかし戻らなかった学生も多く、彼らは苦


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